2017年2月6日月曜日

盛岡での講演内容です。配布されたテキストと合わせて復習に使っていただければと思います。

前置き
安心・安全の術後管理のためには?

会場で多くを占めるORナースの方々も、先手を打って起こりうるトラブルを先回りして防げることがあるかもしれません。
そのためには、当たり前のことをやったうえで、「何かがいつもと違う」という感覚を研ぎ澄ます必要があります。
その「いつもと違うよね」が、ちょっと言いにくいかもしれませんが、スタッフ間で共有されている必要があります。
これは私の麻酔科医としての反省も込めてですが、サインインやタイムアウト、各種申し送りが、言葉だけで終わってしまう、形骸化していることがないとはいえません。
オペ室スタッフは、型どおりの重要観察事項をさらに悪くするような事がおきなかったか? 新たな問題が増えていないかを強調し、ICUや病棟のスタッフは、それによって起こりうるトラブルを想定したいものです。

症例1
全身麻酔+硬膜外麻酔で術後の下肢麻痺。想定すべきものは・・・?
       硬膜外麻酔の効果
       体位など:砕石位による総腓骨神経麻痺。弾性ストッキングによる腓骨神経麻痺
       硬膜外穿刺による脊髄・神経根損傷
       術野での圧迫:腰仙骨神経叢圧迫
       脊髄梗塞など
実際の診断は転換性障害
       身体表現性障害の1
       生理的には正常
       腕や脚の麻痺や、筋肉の協調運動の障害、皮膚感覚の違和感、痛みに対する感覚欠如など
       術後、神経障害が懸念される症状を示した症例が多く報告されている

脊髄くも膜下麻酔後に転換性障害による神経症状を呈した1症例,日本ペインクリニック学会誌,158-160,2009
転換性障害による脊髄クモ膜下麻酔後単下肢麻痺の1症例, 麻酔, 1363-1367,2002
Conversion reaction mimicking a high spinal anesthesia, Journal of Anesthesia, 316-317, 2012

ポイント
なあんだ、という結果になることも多いですが、事態を過小評価せず、重大な結果を及ぼす可能性がある合併症を否定していきましょう。

症例2
股関節術後、病棟での呼吸抑制
問題点は、刺激で反応しない→意識レベル低下
SpO2 85%→低酸素状態?
呼吸回数4回→呼吸回数低下
麻薬による換気抑制を疑う。
フェンタニルの持続投与量は単独で呼吸が止まるほどではなさそうです。一方、静脈投与と比べて、局所の注射は吸収が遅れたりして効果がよめないところがあります。推測ですが、局所投与したモルヒネの呼吸抑制の効果が時間差で発生し、フェンタニルの効果とあいまって、呼吸回数を減らし、また意識レベルを低下させて舌根沈下を来たし、低酸素血症になりかけていたのだと判断しました。
舌根沈下していれば下顎挙上必要
注射されてしまったモルヒネは取り出せませんが、フェンタニル投与中止は可能ですね。
本症例では、ナロキソンを少量ずつ投与し、呼吸回数が増えてきて、痛みは感じないところで投与をやめました。これで麻薬によるものと確信しました。
ポイント
「呼吸の問題」の機序は色々
問題点を具体的に推定し、合理的な対処をしましょう。
ORスタッフ:申し送りで、麻薬の使用に言及
病棟・ICUスタッフ:上記を観察優先順に反映(呼吸大丈夫?)

症例3
まず、チューブ交換の際におきてしまっていたのは、気管前面の皮下に気管切開チューブが迷入してしまっていたことでした。これに強い吸気陰圧がかかり、皮下気腫、縦隔気腫をきたした。当然換気はできないので、チューブは抜去して気管ファイバーを用いてらせん入りチューブを挿管し、手術しています。
極端な低血圧の原因検索として
・血液検査で敗血症は否定的
・心エコーで収縮力・循環血液量は保たれている
CTで気胸はない
結果的には、神経内科の診察で「多系統萎縮症に伴う自律神経障害による低血圧」でした。

(テキストp79の式を参照して下さい)

出血して血圧が下がった!→これは循環血液量の低下ですね。
心筋梗塞で血圧が保てない!→これは心収縮力の低下です。
緊張して血圧が上がった!→末梢血管が収縮し、抵抗があがることで血圧
全身麻酔を行なうと、血圧が下がるのはなぜでしょうか。麻酔薬は、吸入麻酔、静脈麻酔、硬膜外麻酔、脊髄くも膜下麻酔いずれも末梢血管拡張作用をきたします。 末梢動脈(抵抗血管)拡張血管抵抗下がる。 末梢静脈(容量血管)拡張すれば、そちらに血液が持って行かれて、相対的に循環血液量が減ったのと同じになります。
また、出血している患者に全身麻酔して低血圧をきたすことがあります。もともとの循環血液量低下とあいまって重篤な低血圧をきたすことがあります。ショックの分類で言えば、循環血液減少性+血液分布異常性ショックといえます。

症例3は、術中の状況から、敗血症による血液分布異常性ショックや、胸膜の損傷による緊張性気胸を疑ってそちらを否定したけれど、実際は神経原性のショックだった、という結論でした。

ポイント
低血圧は機序を推定しましょう
なんだかよく分からないけど血圧低い、輸血!ドパミン!ではちょっと素人っぽいです。
機序を考え、普段の症例との違いに目をつけて、初めて別の要因を考えられます。
では日常的にどうするか。ORスタッフは、血圧が低いなら、普段の血圧はどうなのか、出血の状況はどうで、手術終わり間際に硬膜外にボーラス注入しているかどうかを観察し、引き継いだスタッフは、同じ時間軸の延長として観察を密に行なう必要があります。

症例4
硬膜外麻酔(効いていない)+全身麻酔で肺手術後
麻酔覚醒時の不穏状態。ちょっと抑制して、セレネースでも入れて、明日CAM-ICUでせん妄のスコアリングをしてね・・・で済まされてしまうそうであります。ICUだったら、もっと深く鎮静されてしまうかもしれません。しかし、(25s)

正解は、リドカイン中毒でした。
リドカインは局所麻酔薬であると同時に、抗不整脈薬です。治療域の範囲では、口のしびれや、ひとによってはかるいめまいを起こす副作用があります。しかし、その上限以上の血中濃度になると、興奮して暴れたりしはじめることもあります。
この症例では、不整脈に対して治療域になるように静脈投与していたのですが、術中硬膜外カテーテルからも、効かない効かないといいながら、随分リドカインをいれていた。しかも、リドカインのポンプスプレー。これ、8%なので、使いすぎるとあっという間に投与量が増えてしまう。こうして、中毒域まで投与してしまった、と推定されました。
ポイント
いつもと違う、ことは話題にしましょう。結構みんな、思い当たる節があるのに、黙っている。

症例5
肺手術後の「むねがくるしい」
想定できる病態は、以下。
l  虚血性心疾患
l  脈管系疾患:大動脈瘤、大動脈解離、肺塞栓
l  呼吸器疾患:気胸、胸膜刺激症状
l  整形外科的疾患:肋骨骨折、肋間筋の痙攣
l  心因性:パニック障害(心臓神経症)、過換気症候群
l  消化管:食道の痙攣、胆石、膵炎

実際は、バストバンドが苦しかっただけだったけれど、患者さんがうまく表現できていなかった・・・。

症例6
開腹術後の術後鎮痛について
腹直筋鞘ブロック+NSAIDsと少量フェンタニルだが痛がっている
内臓痛の徐痛が不十分。フェンタニル持続ivを加えましょう。
考え方
Multimodal Analgesia
作用機序の異なる薬物を組み合わせる
相乗的な効果を期待
★それぞれ単剤としての投与量は減るので副作用↓
--麻薬 (フェンタニル・モルヒネ);内臓痛
--静脈投与用アセトアミノフェン、NSAIDs;内臓痛、体性痛
--区域麻酔(硬膜外麻酔、神経ブロック注射);体性痛
--弱オピオイド(トラマドール)
体性痛:皮膚・筋肉・骨・神経
  内臓痛:内臓・胸腹膜

痛みのなにがまずいのでしょう?
痛みを感じると、カテコラミンが分泌されます。末梢血管収縮して、血圧や心拍数が跳ね上がり、もし虚血性心疾患や脳動脈瘤のある人であれば、発作や破裂が起きてしまうかもしれない。末梢血管収縮すれば、組織の灌流不全がおきて創が治りませんし、麻酔科で注意すべきところでは、急性期痛を十分に治療しないと、慢性期に慢性神経障害性疼痛への移行が懸念されます。また痛ければ動けませんので運動性低下→静脈血栓形成、痛くて咳ができなければ痰がだせなくて呼吸不全になったりするわけです。間接的にも色々悪さをします。

ポイント:除痛の副作用を理由に患者の疼痛を放置しない

症例7: 術後の高血圧
術後の尿閉による、膀胱充満血圧上昇

追加Q:
これは知っていた方がよいという術直後の合併症は何ですか?
稀だが迅速な対応を要する術後の合併症
・周術期の失明
 眼球圧迫や血管塞栓:腹臥位手術、心臓手術など
 眼痛、光が分からない、動きがわからない
                                          →いずれもすぐ眼科コール!
・悪性高熱や悪性症候群、横紋筋融解症
・セロトニン症候群